オランダに移住して1週間の感想

はじめに

オランダに来てから1週間ちょっと経ちました。現時点での感想をまとめます。特に強く感じたことは、太字にしています。

生活

普段の行動範囲(アムステルフェーン〜アイトホールン付近)の話です。アムステルダムは事情が違うかもしれません。

  • みんな英語が話せますが、デフォルト言語はオランダ語です。スーパーやレストランは大体オランダ語表記です。たまにフランス語とドイツ語も併記されている感じで、英語が使われているところは少ない印象です。
  • お金の支払いはデビットカードがメインです。アムステルダムはそうでもないですが、郊外だとクレジットカードが使えない店も多いです。現金もあまり使わないようで、スーパーでは現金が使えないレジもあります。
  • 予想とは違っていて、日曜でも開いてる店が多いです。ただ、日曜の営業時間は短めです。また、平日のスーパーでも21時には閉まるため、夜遅くに買い物はできません。
  • 天気が変わりやすいです。大雨は少ないですが、傘をさすか悩む程度の小雨がときどきあります。
  • 公共機関だと、バスとトラム(路面電車)が交通の中心です。バスが来る時刻が電光掲示板に表示されていて、リアルタイムに更新されるのでハイテクな感じです。
  • トイレにウォシュレットがありません。ヨーグルトを毎日食べる等の対策が必要です。
  • 街中にゴミ箱がたくさんあって、便利です。

会社

  • 在宅勤務の人が多く、エンジニアは半分以上が在宅で、アプリエンジニアは自分以外全員在宅勤務です。一度も会ったことのない人と仕事をするという新鮮な体験中。
  • 残業はありません。18時には大体の人がいなくなります。日本とは逆に、遅くまで仕事をしていると、いけないようなことをしている気持ちになってきます(自分は出社時刻が遅めなので退社時刻も遅めで、帰る頃には人がほとんど残っていません)。
  • Slackは真面目な雰囲気です。前職では「ありがとうございます!」や「了解しました!」の代わりに「味噌煮込みうどん!」と言っていたのですが、そんなことを言える空気感ではありません。せめてもの抵抗で「神」リアクションを追加したところ、何人かに使ってもらえたので、空気を変えられる可能性はありそうです。
  • 机や席の空間が広いです。立ち上がっても椅子が壁にぶつかったり、後ろの人の椅子にぶつかったりしません!!(鎌倉オフィスdisではないですよ)

住居(会社のシェアハウス)

  • 田舎です。会社のあるアムステルフェーンはまだショッピングモールや商店街的なのもあって良いですが、シェアハウスのあるアイトホールンは田舎です。土地勘がないから会社のシェアハウスにしたものの、このままだとせっかくのオランダ生活が楽しみづらいので、引越しを検討中です。
  • 一軒家の3階(屋根裏)で、広いです(反対側に同じぐらいの空間があります)。

食べ物

  • パンやポテトが美味しいです。ただ、素材は良いのに味付けが微妙で、なぜこうなったな料理も結構あります。
  • 外食の店は、ファーストフードor高いレストランがほとんどです。やはり自炊しないと辛そう。
  • スーパーの物価は東京より安めかも。
  • プロテインが激甘いです。規定量の1/3ぐらいなら何とか飲めるレベルです。安いプロテインを買ったからかもしれません(700gで1400円ぐらい)。

その他

  • 時差の影響で、日本の人とのLINEが難しいです。
  • 目覚めが良いです。目覚ましが鳴る前に起きます。
  • 初日の歓迎会?で日本料理屋に行ったら、キヤノンの人がいて、ちょっと話した。

次回予告

一番重要な「オランダのポケモン事情」は長くなりそうなため、別途まとめたいと思います。

 

オランダ行きを決断するまでに考えたこと

はじめに

オランダに移住することを色んな人に伝えたところ、「よく決断したね」とか「度胸あるね」とか言われました。個人的には、大阪に引っ越すような感覚+αな感じで、そんなに大ごとではないと考えています。今回は、僕がオランダ移住を決断するまでに考えたことを書きます。

海外移住のハードル

海外移住には、国内の引越しにはないハードルがいくつかあると思います。以降、僕が考えたハードルを、重要だと考えた順に挙げていきます。

ヤングジャンプが読めなくなる

ヤングジャンプは電子化されておらず、海外ではヤングジャンプが読めません。これは、僕だけではなく多くの日本のソフトウェアエンジニアにとって、海外移住最大のハードルの一つかと思います。「キングダム」や「天才たちの恋愛頭脳戦」の読めない生活は、想像するだけで泣きそうになってしまいます。

では、このハードルをどのように乗り越えたかというと、

知りませんでした

ジャンプやマガジンが電子化されているから、当然ヤングジャンプも電子化されていると思っていました。知ったのは、(内定を受諾して)ビザの申請が開始された後です。さすがに、ヤングジャンプが読めなくなるからやっぱりオランダ辞めますとは言えず、自動的にハードルを乗り越えました。

去年買ったばかりの洗濯乾燥機を手放さないといけなくなる

僕の16年にもおよぶ独り暮らしの歴史を2つに分けるとするならば、洗濯乾燥機を買う前と後。それぐらい、洗濯乾燥機は僕の人生を大きく変えました。「オランダにはこの洗濯乾燥機を手放すだけの価値はあるのだろうか」ということは最後まで悩みました。しかし、オランダにも乾燥機はあるっぽい雰囲気だったため、思い切って手放すことを決意しました。

映画館で海外の映画を観れなくなる

もともと映画館に観に行くことはそんなにないし、最近はすぐにiTunes化されるから、まあ良いかと思いました。

まとめ

海外移住と聞くとすごいイメージがあるかもしれませんが、冷静に考えると、そんなに大したことではありません。むしろ、国内の引越しと共通のハードルの、「人間関係を0から構築しないといけなくなる」とか「友人と(気軽に)会えなくなる」等の方が大きいかと思います。

要するに、オランダ移住は大阪に引っ越すような感覚+αな感じです。

次回予告

オランダ生活を書いていくよ!

オランダで働くことになった理由

はじめに

前回の投稿では「東京で働くつもりだったのにオランダで働くことになった」という話をしました。今回は「なぜオランダで働くことになったのか」を書こうと思います。

長い話になってしまうため、まず大まかな流れを書いて、その後詳細を記述していきます。

あらすじ

普通に東京の会社に転職する気満々で求人サイトを検索していたら、偶然オランダの求人が引っかかり、軽いノリで受けたら内定を頂いて行くことになった、という感じです。

以下、詳細です。

転職活動を開始してからオランダの求人を見つけるまで

カヤックでは主にiOSエンジニアとして働き、最後の1年強をデータ分析の仕事にも携わったため、メインでiOSエンジニア+サブでデータサイエンティスト的な職種の仕事を探しました。
※個人でゲームアプリをリリースしているせいか、仕事でもゲームを作っていると思われているようですが、仕事でゲームを作ったことはありません

色々調べた結果、東京のiOSエンジニアの求人は大体、受託 or ソーシャルゲームで、たまにスタートアップを見かけるという感じでした。しかし、受託やソーシャルゲームにはあまり興味がなく、かといって見知らぬスタートアップに飛び込む勇気もありません。一方、データサイエンティストの求人は、スキルセット的に厳しい感じでした。

どうするかなーと、最近話題の Wantedly で適当に検索していたところ、オランダの求人が偶然引っかかりました。

オランダの求人に応募

日本の求人サイトなのに、どうしてオランダの求人があるんだろう?と疑問に思いつつ、求人の詳細を確認すると、日本人がつくった会社のようでした。会社のHPも日本語版があり、求人内容なども日本語で確認できました。

もともと海外で働きたい気持ちはあったものの、海外で働く方法がわからず、転職対象として考えていませんでした。

ところが、目の前には日本語で書かれた求人票があり、応募手順も履歴書と職務経歴書をメールで送るだけです。

もうこれは応募するしかない!と興奮しながらメールを送信しました。

なぜ海外か

ここまで読むだけだと、なんで海外やねん、と思うかもしれません。

僕が海外で働きたい理由は単純で、
世界には何百カ国もの国があるのに、日本しか知らずに死んじゃうのはもったいないから
です。

グローバル化がどうとか、そういう意識高い系な理由ではありません。

なぜオランダか

上述した通り、オランダなのは、たまたまです。もしアメリカの求人があればアメリカを選んだだろうし、ドイツの求人があればドイツを選んだと思います。

そして内定へ

応募から10日後、書類選考通過の連絡が届きました。

その後、スカイプ面接1回とプログラミングの課題を提出した結果、内定を頂きました。もうその頃にはオランダに行く気満々で、多少の質問を確認後、オランダ行きを決意しました。

次回予告

オランダに移住することを色んな人に伝えたところ、「よく決断したね」とか「度胸あるね」とか言われました。個人的には、大阪に引っ越すような感覚+αな感じで、そんなに大ごとではないと考えています。次回は、僕がオランダ移住を決断するまでに考えたことを書いてみたいと思います。

(早速ブログの更新を忘れていたため、ちゃんと更新するように次回予告をしてみました)
(ブログのネタを募集しています。ご質問やオランダに行ったらこんなことを書いて欲しい等があればご連絡ください)

面白法人カヤックを退職してオランダで働くことになりました

昨日は面白法人カヤックの最終出社日でした。

カヤックには2014年5月に入社し、約3年3ヶ月間お世話になりました。

やったこと

Lobi SDKのiOS開発をメインで行いつつ、後半はLobiアプリのデータ分析やiOS開発も行いました。
Lobi SDK: https://developer.lobi.co/ja
Lobi アプリ: https://appsto.re/jp/UYcly.i

Lobi SDKの開発では、アプリにはないSDKならではの開発に苦戦し、データ分析では、SQL、R、Pythonといった新しい言語も学べ、非常に刺激的な毎日を送ることができました。

SDKに関しては、個人開発のゲームアプリ8タイトルにも導入し、いちユーザー(デベロッパー)として継続率向上などの価値を実感することが出来ました。
導入例:ボウリングパズル | ゲーム実況・攻略動画ならLobi Play

前職はお堅い会社だったということもあり、ギャップもあって戸惑うこともあったのですが、
チームメンバーのおかげで楽しく過ごすことができました。
本当にありがとうございました。

やめた理由

入社以来ずっと開発に携わってきたLobi SDKがサービスを終了することになり、ちょっとテンションが下がっていたところ、オフィスの横浜→鎌倉移転が発表されました。

この鎌倉移転を機に、働く場所について考えた結果、
・社会人になってからずっと神奈川勤務で、東京で働くことに憧れがあった
・日本のシリコンバレー的存在である東京で一度は挑戦してみたかった
という理由から、転職を決意致しました。

これから

9月からオランダに移住し、オランダの会社で働くことになりました。
なぜ東京ではなくオランダかについてはすごく長い話になってしまうため、改めて以下にまとめようと思います。
https://nomadarian.com/archives/823

今のところ、オランダでどれぐらい働くか決めていません。
気に入ってそのままずっと住み続けるかもしれないし、3日で泣きながら帰ってくるかもしれません。
とりあえず1年は働こうと思っています。

これまでを振り返ると、
キヤノン(大企業)→カヤック(ベンチャー)→オランダの会社(海外)
と、レールの上を走らされてる感満載というか、超ミーハーな生き方になってしまいました。
多分、これからもミーハー路線でいくんじゃないかと思います。

社内外でお世話になった皆様、本当にありがとうございました。
引き続き、よろしくお願いいたします。

これから2

ブログの更新をさぼっていたら、まさかの2連続退職記事になってしまいました。
オランダ移住後は生存報告も兼ねてちゃんとブログを更新するように色んな人から言われているので、がんばって更新していきたいと思います。

キヤノン株式会社を退職しました

2018.3.20 追記:退職してから4年後の話を書きました(一番下にもリンクがあります)
キヤノンを退職して後悔したこと


2014年4月30日付でキヤノン株式会社を退職しました。

キヤノンには2008年4月に新卒で入社し、約6年間お世話になりました。

やったこと

1年目はほぼ研修で、その後オフィス向けのパッケージソフトウェア(これ)の開発を5年間行いました。技術的にはWPFというWindowsのGUIフレームワークを使ったWindowsアプリの開発がメインでした。

キヤノンの中では珍しく、自分でコードを書く仕事が多かったです。
所属センターで毎年度末に開催されるアワードでは、2012年、2013年にコーディング大賞(年間のステップ数とコードの複雑度が評価基準)を受賞しました。
(アワード設立が2011年だったので、受賞率は2/3)

やめた理由

1番大きいのは「技術者として生きたかったから」です。

キヤノンに限らず大手メーカーでは技術的な仕事(設計や実装など)は他の会社に丸投げして、それを管理するのが主な仕事になります。元々ものをつくるのが好きでメーカーに入ったのに、このままだと管理業務や雑務に忙殺されてしまう。。という不安があり、やめることを考えるようになりました。

他には、後ろ向きな仕事が多いとか、ノルマのためだけの特許活動が虚しいとか、大手メーカーを辞める人によくあるような理由もあります。

なお、退職理由によくある(らしい)人間関係に関しては特に問題もなく、みんな良い人ばかりだったので、その点は恵まれていたと思います。

きっかけ

上記の理由で、今の会社で働き続けるのはやだなーと感じてはいたのですが、この不景気な状況で大手企業をやめる勇気は出ませんでした。技術的なことをしたいという欲求は土日にiPhoneアプリやAndroidアプリを開発することで抑えつつ、悶々とした日々が続いていました。

そんな中、去年の7月に香港へ旅行に行きました。
それは初めての海外旅行で、ツアーではなく、飛行機やホテルを自分で手配してのものでした。

旅行中、特に何かがあったというわけではないのですが、帰りの香港空港の中で急に「転職しよう」という考えが頭のなかに浮かびました。それまで転職についてちゃんと検討したことはありませんでしたが、一度「転職」という考えが頭に浮かぶと、もうそれ以外の選択肢はないんじゃないかと思うようになり、その場で転職することを決断しました。

といっても、当時担当していたプロジェクト的に、すぐ辞めるというのは流石にちょっと。。という状況だったため、比較的切りの良い今の時期に退職することにしました。

これから

今日から1週間ニートになり、その後Web制作会社で働く予定です。
キヤノンとは規模も分野も違う会社でギャップがすごそうですが、頑張っていきたいと思います。

社内外でお世話になった皆様、本当にありがとうございました。
引き続き、よろしくお願いいたします。


2018.3.20 追記:退職してから4年後の話を書きました
キヤノンを退職して後悔したこと